ウルトラエンジン改の秘密
━━━ウルトラエンジン改誕生のルーツを教えてください。
- 2000年に奈良県内で活動する劇団の皆さんに声をかけさせていただいて総勢20名出演の「新・僕の先生」をプロデュースさせていただきました。そのときに「あぁ奈良でもこんなに芝居をやっている人がいてこんなにいいお芝居が作れるんだ」って思ったんですよ。高校生から20代前半のメンバーばかりで400名を超えるお客様にご来場いただき、ほんとに芝居って気持ちいいなって思いました。そのときの出演メンバーから声をかけていただき有志で立ち上げたのが第1期の「ウルトラエンジン」でした。
T&Eプロデュース「新・僕の先生」より- 2001年に熱血エンターテイメントウルトラエンジンとして旗揚げ公演を実施。
- 奈良から大阪に殴りこみの意味もこめて当時小劇場の登竜門と呼ばれた扇町ミュージアムスクエアからのスタートです。正直勢いだけでしたけど(笑)でも、奈良から売り出してやろうと必死でしたね。
- そんなウルトラエンジンもOMSでの公演を3回経験し動員数も600名に届きました。
- そんなころ劇団員も大きな舞台へとチャンスをつかみ出したのですね。
- 東京の劇団でオーディションに合格するもの、大阪の老舗劇団に合格するの、プロダクションに所属するもの・・・
- 主要なメンバーがステップアップして行き劇団として1つの目的を達成することができたような気がしました。それで活動の休止を決意しました。
- それ以降は劇団としてではなく個人で奈良の劇団さんのお手伝いをさせていただいていました。特に友人が主宰する「劇人」というユニットがあるのですが、そこの劇団は旗揚げ当初から舞台監督や照明として長いお付き合いをさせていただいていたのです。そこの劇団員で僕が高校生のころから付き合いのあるメンバーが引退するということで8年ぶりくらいで僕自身も舞台に立つことになったんですね。それが劇人七福神「雨と夢のあとに」でした。この作品に参加したのがきっかけでまた奈良でお芝居をやってみようかなって思ったんですよ。時代はめぐるとはよく言ったものですね(笑)そして翌年の2008年「熱血エンターテイメントウルトラエンジン改」として復活することになったのです。
劇人七福神「雨と夢のあとに」より 写真撮影:宣伝美術家TOM
━━━ウルトラエンジン改のこだわりがあれば教えてください
- 奈良には芝居をやっている人も、よい劇場もたくさんあるんですね、そのことを多くの人に伝えて上質のお芝居をもっと気軽に奈良で楽しんでいただけるような環境づくりをめざして活動していきたいです。
- 基本的に社会人ばかりのアマチュア劇団ですから歩みはゆっくりですが確実に奈良に根づけるようがんばりたいです。
- 奈良を演劇で盛り上げたい!と奈良にこだわって活動していきます。
━━━ウルトラエンジン改の伝えたいメッセージがあればどうぞ!
- 熱血エンターテイメント→大の大人が素直に感動し笑って泣ける。そんなわかりやすいお芝居をぜひ一度見に来てください。きっとハマリますよ!!
- 熱血エンターテイメントウルトラエンジン改 代表 西脇丈也


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